日田市長文化功労賞を宇野公是会長が受賞されました。
(2024/11/9更新) 

 

  日田市長文化功労賞を当会の宇野公是会長が受賞されました。(令和4年春の叙勲においても「瑞宝小綬章」を受章されています)。
 咸宜園平成門下生之会長として、咸宜園教育の普及啓発と世界遺産登録推進活動において尽力し。本市の文化振興に貢献されました。
 受賞にたいして、当会から、心より、お祝い申し上げますと共に、皆様にご報告させて頂きます。

【現在の活動】
 咸宜園平成門下生之会 会長
 咸宜園放学遊山の会 会長

【略歴】
 1968年日田高校卒業、1974年九州大学を卒業し、竹田高校新採用。以降、大分雄城台高校、日田三隈高校、中津南高校、日出暘谷高校、国東高校を経て、2006年に日田高校校長に着任、2010年に同校を定年退職し、日田三隈高校に非常勤講師として着任。2021年同校退職(非常勤講師として11年間勤務
 
淡窓先生ゆかりの地 マップ制作事業 
  日田市全体のマップ 
  日田市全体の各所の説明書き 
  日田市東部版マップ
協力:東部中学校美術部さん
  日田市東部版の説明書き
  日田市南部版 
   日田市南部版・説明書き
咸宜園に関わる大分合同新聞社の
記事新聞に連載されたものを資料化しました

当会メンバーなどが記事を書いています(23回分・現在も継続中)
 



資料問い合わせは下記のメールで問い合わせ下さい

一部の資料は、トップの咸宜園エコミュージアム構想 で紹介しています

info@hita-kangien.main.jp

 広瀬淡窓先生の紹介 (日田の先哲)

身分に関係なく、学べた、私塾 江戸時代の咸宜園
  広瀬 淡窓(ひろせ たんそう、天明2年4月11日(1782年5月22日) - 安政3年11月1日(1856年11月28日))は、江戸時代の儒学者で、教育者、漢詩人でもあった。末弟に広瀬旭荘、弟・広瀬久兵衛の子孫に、日田市長、衆議院議員だった広瀬正雄、その子息の広瀬勝貞は元大分県知事。
 文化2年(1805年)には豆田町にある長福寺の一角を借りて初めの塾を開き、これを後の桂林荘・咸宜園へと発展させた。咸宜園は淡窓の死後も、弟の広瀬旭荘や林外、広瀬青邨等以降10代の塾主によって明治30年(1897年)まで存続、運営された。塾生は日本各地から集まり、入門者は延べ4,000人を超える日本最大級の私塾となった。
 淡窓は晩年まで万善簿(まんぜんぼ)という記録をつけ続けた。これは、良いことをしたら白丸を1つつけ、食べすぎなどの悪いことをしたら1つ黒丸をつけていき、白丸から黒丸の数を引いたものが1万になるようにするものだった
 
ウキペディアより引用
広瀬淡窓先生と塾生がが訪れた日田歴史遺産(日記) 
①羽野天満宮②羽野菅相寺跡③羽野妙見社④天満宮⑤薬師堂⑥山田原⑦吹上神社⑧吹上山⑨長善寺⑩岳林寺⑪永山城⑫永山府政所(日田代官)⑬蒲池家⑭朝日天満宮⑮石松観音堂⑯無観音⑰慈眼山⑱永興寺⑲日田神社(相撲の神様)⑳上馬場大神宮㉑城内八坂神社㉒大原八幡宮㉓金比羅神社㉔丸山神社㉕宮地嶽神社㉖元大原神社㉗若八幡神社㉘会所山㉙比佐津媛神社㉚鬼塚㉛玉垂神社(黒男)㉜児玉家旧宅㉝星隈山㉟酒楽神社㊱大神宮㊲若宮神社㊳垂水渡し㊴四手平坂㊵誠和稲荷㊶琵琶の頚㊷銭花渓㊸釜淵㊹鬼城金比羅㊺普門寺㊻稲荷社㊼越原観音㊽越原の石碑㊾鏡坂公園㊿鏡坂大明神51石井神社52松尾神社53小畑神社54白岩神社55護願寺56帽子被山57石坂石畳58小ヶ瀬井路取水口59鞍方尾神社60雪来館61中島の梅林 


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淡窓先生の日記の「放学」・「遊山」とは

  「放学」とは、前述のように塾生たちを毎日きびしい日課から解放し、よって日常の抑圧感を解消し、翌日からの学業に活力を与えようとするものであつた。
 「遊山」とは、日記では「諸生遊山」と見えるのがそれである。「諸生遊山」は、天保年間ごろから春と秋に半ば定例的におこなわれている。その 「遊山」 の目的地は多くは明らかにされていないが、おそらく前掲のような神社・仏閣、景勝地などに塾生と一緒に赴いたのであろう。嘉永7年の7月14日をもって「放学」の記事は終わります。

             

咸宜園散歩コース

淡窓先生が通った歴史遺産や自然環境を、現代の散歩コースを模索して、歴史の点を線でつなげて、郷土愛や観光資源としての活用を目指し、世界遺産へ向けた活動につなげていく。

○豆田周辺の歴史散歩コースを紹介しています。 文字をクリックしてください。

車・歩きでの観光 咸宜園オススメの場所11ヶ所

   中世の道
 八幡の道

       

咸宜園教育研究センター


江戸時代、日田の儒学者・廣瀬淡窓が開塾した咸宜園(かんぎえん)。門下生を平等に教育するなど、当時としては画期的な方針で、明治30年に閉塾するまでの門下生は約5,000人と日本最大級の私塾であった。当時の貴重な史料や収蔵品などを見る事ができる。



【住所】大分県日田市淡窓2-2-18 【電話】0973-22-0268
【営業時間】9:00~17:00(入館は16:30迄) 【休み】水曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始


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